自立心を持て
津軽三味線のツアーでヘンデルの出生地、ドイツのハレを訪れたときのこと、現地の主催者と打ち合わせに入ると、明日の公演は広報をしなかったので観客が来ないと言い出した。でも、国からの補助金があるから大丈夫というのだ。
ここは旧東ドイツ圏である。いろいろと尋ねてみると、彼らは公演を計画するとき補助金を貰うことから始めるらしく、補助金が出ないときはみんなで役所に押し掛けて騒げばいいらしい。
鳩山由紀夫総理は予算委員会で、「自由の度が過ぎると格差が生まれ、平等を保つための福祉などが過ぎると堕落する。たがら、そのバランスを取るのが難しい」と言っていた。
今の日本は「自由」に舵を取って格差が広がり、「平等」に戻そうとしているように見える。
しかし、平等を保つためには規制が必要なのだ。
これまで、補助金を受けないで自立している芸能は、ミュージカルと歌舞伎であると言われてきた。
自由主義アメリカのオーケストラは、公的な補助金に頼らずチケットの売り上げと民間からの寄付で運営している。
これに対してヨーロッパのオーケストラは、国や地方自治体からの補助金により恵まれた財政で運営されているのが一般的である。それでも最近は補助金の打ち切りが相次いでいるという。
日本のオーケストラも以前は補助金で成り立っていたが、現在は厳しい財政下にある。
ということは、オーケストラは世界的に厳しい運営を強いられていて、マーケティングに力を注がなければならないのである。
つまり、音楽のことだけでなく、経営や財政などについて知識を持った者がリードしていかなければオーケストラを維持できないということである。
日本の伝統芸能の保存・保護を目的とした国立劇場でも、民間(サントリー)から就任した理事長が舵を取って進路を大きく変えた。
それまでの「良いものを観せれば赤字でも良い」という職員の意識は打ち砕かれた。
経費の削減は当然のことであるが、民間劇場のごとく観客サービスを打ち出した。桜の季節になると劇場の前庭に咲く見事な桜の木の前で桜見物の客に職員が茶の接待をして、歌舞伎のチケットの販売をしていた。していたというのは、理事長が替わった以後のことはわからないからである。
歌舞伎のチケットの半券で演芸場のチケットが半額になり、周辺の居酒屋で割引してもらうようにもした。
演芸場では開場30周年記念事業として、杮落し(こけらおとし)公演の名人たちのCDを出版して、眠っていた貴重な資料を商品にした。
また他所の劇場の仕事も受託することにし、公共ホールだけでなく学校や自治体が主催するものにまで企画制作を請け負っている。
日本中の劇場公演は女性客がほとんどで、昼公演が常識となっている昨今ではあるが、「社会人のための歌舞伎鑑賞教室」と称して夜公演を企画し、男性客を呼び込むこともやった。そして2010年からは休館日が撤廃され、空いている日があれば一日でも多く施設を貸し出すことになった。
このように国の劇場ですら民間同様の経営に乗り出し、売上げを伸ばそうとしている。
それでも深刻なのは観客の減少である。
少子化によりますます観客は減少傾向にあるから、これに気付いている劇場は観客を増やすことだけでなく、常連客を逃がさない対策に力を入れだした。
ただ、このようなことに力を注ぐのは結構であるが、営業だけを高めて音楽や演劇をやる目的を見失ってはいけない。
"乗務員をタクシー送迎しないと安全運行に支障をきたす" などと贅沢三昧してきた社員たちばかりで破綻した日本航空の新会長に就任した京セラ名誉会長稲盛和夫氏は就任会見で、「JALは一言でいうと親方日の丸で官僚的な組織だったのではないかと思います。民間の航空会社としてビジネスを展開するという原点に返って、幹部を始めとした社員みんなが損益計算に関心を持つような方向にマインドを変えていきたいと思っています」と語っている。
ここでも言いたいのは、「余計なサービス」でなく「安全が一番」ということである。乗務員の笑顔などどうでもいいから整備士、操縦士の質を高めることを怠ってほしくない。
公共劇場においても、稲盛和夫氏の言うように、指定管理者が財団であれ民間であれ、事務方も技術者も「損益計算」に関心を持って運営にあたるべきではないだろうか。